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romaks-tanのお話

@romaks_tan_prv でモーメントが使えないため、こちらにお話をまとめています

KAT-TUN「僕なりの恋」@N×K

 

(淳太Side)

 

「久しぶりやなー。何年ぶりくらいや?」

 

「5年か、6年くらいですかね。」

 

「もうそんななるんかー。ま、勉強できるかわからんけど、ゆっくりしていきな。」

 

「ありがとうございます。」

 

医師資格の試験を終え、いよいよ研修に入る。

 

選んだ場所は叔父の勤める病院。

俺がこの仕事に憧れをもった場所。

 

どちらかというと田舎にある。

でも、医師不足の町ってわけじゃない。

むしろ各分野の専門家の先生たちが集まってる。

 

ここは、静かな町で療養しんとアカン人たちが集まる病院。

 

つまり、症状としては少し重い人が多い。

普通の病院じゃ診きれへん人たちがやってくる。

大人も、子どもも。

 

 

「あっくん!ばいばーい!」

「ばいばーい。」

 

広い院内の小児科と一般病棟を分ける場所で誰かが小さい子に手を振ってるのが見えた。

 

「あぁ、そうか。こいつも紹介したらんとな。」

 

そっちを見て叔父が言った。

 

「桐山君!」

小さい子に手を振っていたその人が振り返る。

「あ、先生!」

 

桐山君、と呼ばれたその人が俺とそんなに年も変わらんように見えた。

 

「こいつ、俺の甥っ子やねんけど、今日からしばらくこの病院で研修することになったから。」

 

一応小さくお辞儀する。

 

「桐山君とそんなに年も変わらんかったと思うし、仲良うしてあげて?」

 

「え、じゃあ、お医者さんじゃないですか!俺でええんですか?」

「ええのええの。桐山君はもはやうちのスタッフみたいなもんやねんから。」

 

いや、イマイチ2人の関係性が見えへんねんけど・・・

 

「あの・・・」

 

「あ、ごめんごめん。こっちは桐山君。ホンマは患者さんやねんけど、小児科におったときからここの子どもたちと仲良くてね。」

 

小児科から・・・ じゃあ、結構長いことおるんかな。

 

「資格は持ってないんやけど、子どもたちの面倒見てもらったりしてるねん。」

 

「どうも。」

「ど、どうも。」

 

確かに叔父と話す姿はとても人懐っこそうな感じがする。

でも、同時に何か影があるようにも感じた。

 

それは、長いことここにおる理由となる病気のせい・・・?

 

 笑うその人の姿からは病気なんて無縁のようにも思える。

でもここにいるってことはそういうこと。

 

「俺、日中はそんな症状出ないんで気にせんでええですよ。」

「え、あ、はい。」

 

心を読まれたかのように言われて驚いた。

 

「ホンマは退院してもええんやけど、ここもスタッフが足りんくてな。」

 

医師は十分にいるけど、1人1人にかける時間がここは他と違う。

 

「特に小児科は子どもに好かれてんとアカンから残ってもらってるんよ。」

子どもは先生の好き嫌いで態度も変わるやろう。

 

「ま、一応まだ名目は患者さんやけどね。」

「はぁ。」

納得できるような、できひんような。

 

「じゃ、桐山君、中案内しといてくれる?」

「え、俺ですか?」

「俺も忙しいから頼むわ。」

「はぁ、ええですよ。」

 

いや、待って、俺が分かってないって!

今日が初めましての人と2人きり?

 

俺、それに耐えれるほど高いコミュニケーション能力持ち合わせてないんやけど?

 

「あの、」

「あ、はい?」

「名前、何ていうんですか?」

 

そういえばさっき叔父は俺の甥っ子、としか紹介してへんかったっけ。

 

中間淳太、って言います。よろしくお願いします。」

「年は?先生が俺とあんま変わらんって言ってましたけど。」

「26歳です。」

「あ、ホンマに近い!俺、24です!」

 

嬉しそうに笑う姿はたった2つしか変わらんようには見えへんかった。

 

俺もよく年齢より若く見られるけど、この人ももっと若く見える。

いや、若くっていうか、幼く、か。

 

なんやろ、この笑顔のせいかな。

 

「俺のことはもう照史って呼び捨てでええですよ。俺はどうしようかな・・・中間さん?」

 

なんか、距離を近づけるのがうまいんか、下手なんかようわからんなぁ。

急にグッと来たと思ったら言葉遣いでぐーんって遠くになる。

敬語ってこんなに人と人の間に大きい距離を作るんやなぁ。

 

「別に2つしか違わんのやったら、敬語じゃなくてええよ。俺もしんどいし、呼び方も下の名前にしといて?」

「えー、じゃ、お言葉に甘えて。淳太君でどう?」

 

すぐお言葉に甘えちゃうとこを見ると、思ってることは一緒やったみたい。

 

「君もつけんでええよ?」

「だって、淳太!って感じより淳太君!って感じやもん。」

 

その感覚はようわからんけど、まあいいか。

皆呼び捨てやから逆に君づけで呼ばれることもないし。

 

「じゃ、案内してもらってもいい?」

「ええよ!どこからがいい?」

 

俺もちょっと努力して距離を縮めんとアカンな。

 

その日は広い院内を照史に案内してもらった。

 

チラチラ見える病室の機器たちは、どれも最新のもんばっかり。

改めてこの病院のすごさを感じさせられる。

 

でも、医者じゃない照史はもちろんそんなこと知らんわけで。

 

「あの機械、いっつもあそこにおんねん。」

「あれ使ってるのとか見たことない。」

「あっちのヤツ、ドラえもんに出てきそうやと思わん?」

まぁ、一応どれも使い方を知ってる俺からするとクスッと笑ってしまうような感想ばかりで。

 

「もう、笑わんとってやぁ。」

ちょっと拗ねた顔でこっちを見る。

「だって俺、あの機械たちの使い方とかちゃんと知ってるから。」

「じゃあ、あれは?」

「あれはな・・・」

 

医者じゃない照史に、医者でも難しいような機械のことを説明するのは結構難しい。

けど、それを真剣に聞いてくれる照史の視線は、なんか、引き込まれるもんがあった。

 

「淳太君、話すの上手やな?」

「へ?」

「俺、全然勉強とかしてへんけど、なんとなくわかった気するし。」

嘘なんか、ホンマなんかは分からへん。

でも、嬉しい。

 

「あ、いたいた。」

廊下の反対側から叔父が歩いてくるのが見えた。

 

「ごめん、1つ言い忘れてて。」

「どうしたんですか?」

「いや、2人、同じ部屋で寝てもらってええか?」

「え?」

 

同じ、部屋・・・?

 

「あ、俺寝てんの、病室ちゃうから安心してええよ。」

「え、いや、そういうことじゃなくて。」

患者扱いやのに病室で寝てないことも疑問やけど!

それよりなんで同じ部屋?

 

「そうそう。桐山君は隣の医者が寝泊まりする用の棟やから。どうせベッドは余るほどあるはずやし、よろしくな!」

すごく明るく言われる。

しかもそう言ってから叔父はどこかに行ってしまった。

 

「桐山君、起きたときに苦しそうにしてるかもしらんけど、なんとかしたってな。」

 

俺にしか聞こえん声で耳打ちしてから。

 

「じゃ、そっちも案内するな?」

 

朝起きたときに苦しそうにしてる?

一体照史は何の病気?

 

「淳太君?」

 

いや、今はとりあえず照史についていこう。

どうせ後々わかることなんやし。

 

「ううん、ごめん。行こか。」

 

 

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(照史Side)

 

新しく来た研修医さん。

いつもは年上のお兄さんって感じやったけど、ついに俺もそんなお兄さんと同じくらいの年になった。

 

小学生くらいからここに来て。

もう何年になるんやろう?

小児科にいる子たちも弟というには小さすぎる年になっていく。

 

ホンマは、俺もちゃんと働ける。

やから、ちゃんと働く場所を探さなアカンのやと思う。

 

でも、ずっとここにいた俺はあんまり勉強ができひん。

一応、義務教育分の勉強はやった。

でもそれ以降はやりたくなくてやめた。

 

理由?

 

理由は、1人でやってても楽しくないから。

それと、勉強する意味がわからんかったから。

 

勉強したって、いつまで使うんかわからんかった。

使える年までおれるのかがわからんかった。

 

これでもやりたい、なんて。

俺はそんなもの好きじゃない。

 

そんな俺を見かねて、ずっと担当してくれてた先生がここのスタッフとして働くことを提案してくれた。

 

俺はそれに甘えた。

 

小児科の子たちの面倒を見ること。

単純かもしれへん。

でも、確かに先生たちは忙しすぎてそんなことにまで手が回らんかったりしてた。

 

やから、これは勉強なんかよりも重要な仕事や、って思ってた。

 

いや、思ってたじゃない。

 

自分に言い聞かせてた。

 

それと同時に、これは甘えやってこともわかってた。

 

ちゃんと、わかってた。

 

でも甘えることをやめられへんかった。

 

小児科のスタッフとして働くことを提案されてから1年弱が経った。

 

そんなときにやってきた研修医さん。

研修医さんが来るのなんて、いつ振りやろ?

 

あの時はお兄さんって感じやったのに。

来てくれた研修医さんは俺と2つしか年が変わらへん。

 

一応敬語でしゃべらなアカンかな?とは思った。

思ってんで?

でもやっぱなんか距離ができるなぁって。

それに、この使ってる敬語が正しいんかもわからへん。

 

そしたら、そんなんせんくてええよって言ってもらえた。

やから、淳太君!って呼ぶことにした。

 

お互い敬語もやめた。

俺は淳太君、淳太君は照史って。

 

ここの人はみんな俺のこと、桐山君、とかあっくん、って呼ぶからなんか新鮮。

 

淳太君はすっごい優しい人やった。

 

だって、俺にあの機械たちのことを1つずつ説明してくれるねんで?

 

今まで、どれも何に使うんかわからんかった。

でも、淳太君のおかげでちょっとだけわかった気がする。

 

それに、同世代の人としゃべることがこんなに楽しいなんて知らんかった。

今までこの病院には同世代の人があんまりおらんかったから。

 

小さいときはおってんで?

でも、みんな退院したり、違う病院に行っちゃったり。

 

結局残ったのは俺だけ。

 

学校もろくに行けてへんから、ホンマに同世代の友達なんておらへん。

やから忘れてた。

 

こんな楽しいんや、ってこと。

 

そのうえ、先生が俺と淳太君は同じ部屋、なんて言うから。

 

まぁ、理由は俺を喜ばすためじゃないんやけど。

 

けど、それでも嬉しいもんは嬉しい。

 

どこか寂しかった毎日が変わる気がした。

 

早速淳太君を俺が寝泊まりしてる棟に連れて行った。

 

ここは交代で当直をしてる先生が寝泊まりするところ。

同時に研修医さんが寝泊まりするところでもある。

 

俺の家になったのはつい最近。

 

元々俺も一般病棟におったから。

でも、だんだん病室がいっぱいになってきたから症状に変化のない俺はこっちに移った。

 

もしなんかあっても誰かしら先生おるし。

今日からは淳太君もいるし。

俺なんかより必要となってる人が病室を使うべきやろ?

 

「ちょっと、ぼろいけど悪くはないやろ?」

「うん・・・」

 

返ってきたのは暗い返事。

 

理由は簡単。

 

2つあるベッドのうち、片方にある機械のせい。

あんだけいろんな機械の説明してくれた淳太君やから、もちろんこれのことも知ってるはず。

 

「大丈夫やで。これつけるの、寝るときだけやから。心配せんといて?」

「照史、何の病気なん?」

 

説明するのは難しい。

俺もよくわかってへんから。

ただ、治すのが難しいってことしかわからへん。

でも、すっごい簡単でいいなら言える。

 

「普通の人より、ちょっと肺が仕事さぼってるだけ。」

この答えに満足してくれる、なんて思ってない。

 

でも淳太君は優しい。

 

「なんかあったらちゃんと言うてや?」

 

これ以上のことは聞かへんから。

 

きっと俺が自分からしゃべるまで淳太君は聞かへん。

 

「・・うん。」

 

正直、研修医の淳太君にはあんまり迷惑はかけたくない。

でも、きっとかけざるを得なくなる。

 

「そや、秘密の場所連れてったる!」

 

それを気づかれたくなくて。

その現実から目をそらしたくて。

 

違う話に変えた。

 

「秘密の場所?」

 

淳太君は優しいから、気づいてても気づかへんフリをしてくれる。

でも、秘密の場所があるのは事実やで?

 

「来て!」

 

連れて行ったのは、この建物の屋上。

 

ホンマは立ち入り禁止の紙がドアに貼ってある。

でも鍵すらかかってへん。

貼り紙だけしかない。

こんなん、入って、って言ってるようなもんやん! ってことでここに来たのもつい最近。

 

そりゃ、疲れてる先生たちはわざわざ階段を上って屋上に来ることはない。

それに、ここに長いことおらんと、そもそもこの屋上の存在も知らんと思う。

 

俺がここを知ってたのは小さいときから見てたから。

あの上には何があるんやろう、って。

やから俺がここによく来てる、なんて知ってる人は誰もおらへん。

 

正真正銘、ここは俺の秘密の場所。

 

あるのはずっと手入れのされてなさそうなボロボロのベンチだけ。

 

あ、嘘。

 

何も邪魔することなく見える空もある。

 

「すっご・・・」

「やろ?」

 

そのボロボロのベンチに2人で座って空を見上げる。

 

「星が降ってるみたいなぁ。」

「淳太君、ポエマー?」

「ちゃうわ!」

 

こうやって屋上で誰かと笑う日が来るなんて考えてもみいひんかった。

ずっと1人やったから。

 

屋上に置きっぱなしにしてるスピーカーから音楽を流して、1人で空を見る。

それだけでもなんか、スーッて心が軽くなる気がする。

 

でも、今日は違う。

 

俺のため、じゃなくて淳太君のためになんか流そ。

淳太君は、静かなメロディーが合うかな?

 

「それ、ここに置きっぱなん?」

「うん。この箱の中やったら雨降っても濡れへんし。」

 

ちょっとごつめの箱からスピーカーを取り出す。

携帯とつなげば、あっという間に屋上が癒しの空間に変わっていく。

 

「いつもは何聞いてんの?」

「うーん、いろいろ?適当に聞いてる。」

「へぇー。」

「淳太君も音楽好きなん?」

「いや、相当流行ってる曲じゃないと知らんかなぁ。」

 

ずっと勉強ばっかしてて流行りに疎い感じのヤツかな?

俺とは正反対や。

 

勉強なんて1つもしてない。

その分、音楽とかテレビとか、いっぱい見たりした。

 

ホンマ、何してるんやろ、俺。

 

「それが照史のお気に入り?」

「いや、なんか淳太君に合ってるなーって思って。」

 

流れる曲は俺も好きなバラードで甘ーい恋の歌。

 

「へぇー、俺、照史ん中でこんなイメージ?」

「だって、さっきもポエマーやったやん。」

「だから、ちゃうって!」

 

星空の下で2人で笑い合う時間はすごい楽しかった。

 

この時間を永遠にしてほしい。

 

でも、そんなこと、俺にはできひん。

むしろ、俺に見える淳太君との未来の距離は3年後くらいまで。

 

俺にはずっと健康でいられるという保証がないから。

 

基本的な症状は変わらん。

でも、もし何か別の病気になったときはわからへん。

 

もしかしたら、明日にでもなってまうかも。

 

そしたらスタッフとしてもここにおれへんくなる。

 

それくらい、先は見えへん。 微かに光る明日という場所を頼りに過ごしてる。

 

俺も、もっと明るい光を見れるような体がよかった。

 

ちゃんと未来、って言葉が見えるような体がよかった。

もっとこの幸せが続くと保証できる体がよかった。

 

神様はいつだって平等なんてくれへん。

 

「それつけんの?」

部屋に戻っていつもと同じ寝る準備。

でも、それは淳太君にとったらいつも、なんてもんじゃない。

っていうか、俺以外の人にとったら明らかな非日常。

 

「うん。」

心配そうなその目に心が苦しくなる。

 

「でも、俺1人でつけれるから大丈夫やで?」

余計な心配はさせたくない。

 

そんな目、せんといて?

俺は大丈夫やから。

 

「それせんかったらしんどい?」

 

しんどいよ。

今は大丈夫でも、寝てる間にしんどくなる。

 

でも、そんなこと言えるわけがない。

 

「そやなぁ・・・。朝がちょっとしんどいかな。」

「そっか。」

 

きっと何の病気か言うてないから、探ってるんやろうな。

いや、もしかしたら淳太君やったらもうわかってるんかも。

 

そしたら俺がついてる嘘もバレバレやなぁ。

 

「ホンマにしんどかったら、ちゃんと言うんやで?」

 

ほら、やっぱり。

もうわかってるんや。

そりゃそうやんな。

淳太君は賢いんやもん。

 

俺とは違う。

 

「うん。ありがとう。」

 

俺はそれに甘えられるほど素直じゃない。

 

「おやすみ。」

「おやすみ。」

 

いつもは返ってこない言葉が今は1人じゃないと示してくれる。

 

それは、嬉しいこと。

自分が1人じゃないと実感できるから。

 

同時に、それは辛いこと。

自分が1人では決して生きていけないと実感させられるから。

 

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(淳太Side)

 

朝、目覚まし時計よりも早く目が覚める。

それはいつもと同じ。

 

違うのはこの場所と、隣で寝ている人。

 

それも普通の人じゃない。

 

鼻と口に酸素を送るマスクをしてる。

呼吸音もマスクを通すせいでこもった感じになってる。

 

昨日聞いてみたけど、難しい病気みたいで、本人にも説明しづらいみたい。

まあ、いろいろ考えてなんとなーくこれかな?っていうのは浮かんでるんやけど。

 

「RRRR・・・」

突然目覚まし時計が鳴り響く。

 

俺の時計はもう止めた。

鳴ったのは隣のベッドの時計。

 

「んっ・・・」

精一杯手を伸ばして時計を止めようとしてる。

でも微妙に届いてない。

 

やっとバンッ!て止めたと思ったらまた寝てしまった。

 

これは、このサイクルを繰り返さな起きれへんのか?

それとも単純に起きれへんのか?

 

初めての朝は戸惑うことだらけ。

 

そうしてる間に目覚ましが再び鳴り響く。

 

「んっ!・・・っ」

 

バンッ!て同じように止めたと思ったら今度は頭に手を当て始めた。

そして大きく深呼吸をし始める。

マスクから送られる酸素をしっかり吸うようにして。

何度かそれを繰り返す。

 

「桐山君、起きたときに苦しそうにしてるかもしらんけど、なんとかしたってな。」

昨日の叔父の声が浮かぶ。

 

こういうこと・・・?

 

「照史?」

 

やからって俺に何ができるのか、と問われれば何も言えへんけど、とりあえず声をかけてみた。

 

俺が声をかけると照史はゆっくりとマスクを外した。

 

「ごめん、起こした?」

「ううん。目覚ましより早よ起きてたから大丈夫。」

「よかった。」

 

でも照史の顔はよかった、なんて顔じゃない。

やっぱり少し苦しそう。

 

「照史、大丈夫?」

「うん。いつものことやし、気にせんといて?」

 

そんなこと言われても、気になるもんは気になる。

 

「しんどいん?」

「いや、ちょっと頭痛いだけ。すぐ治るし、大丈夫。」

 

ちょっとしつこかったかな?

でも、心配なもんは心配なんやもん。

 

ほら、またすぐにゆっくりと深呼吸し始めた。

 

やっぱり、照史の病気って、人より体内に酸素が少ない病気なんやろうな。

肺がサボってるっていうのは、肺が酸素を体内に取り込むのをサボってる、ってことやと思う。

やから寝るときはマスクまでして。

起きてるときはこうやって意識して深呼吸して。

少しでも多く体内に酸素が届くように。

 

「無理せんといてや?」

「淳太君、心配しすぎ。」

「でも、」

「俺、何年この体やと思ってんの?」

 

笑いながら言ってるけど、俺には笑ってるようになんて見えへん。

目の奥が笑ってない。

 

暗くて、陰ってる。

 

「ほら、早よいかな先生に怒られるんちゃうん?」

「あ、そや!」

 

その言葉で今の自分の状況を思い出す。

今日からは照史じゃなくて、現場の医師たちからいろいろと学ばなアカン。

 

今日から、怒涛の日々が始まる。

 

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(照史Side)

 

1人で寝てようと、隣のベッドで誰か寝てようと、朝がしんどいのは変わらへん。

マスクをつけてても軽い頭痛がする。

でも、起きてしっかり深呼吸すればマシになる。

 

もうこれは俺の朝の日課。

何年続けてるかなんて、考えるだけ無駄。

 

唯一心配点をあげるなら、この行動で隣の人の邪魔をしいひんか、ってこと。

 

特に研修医さんなんて毎日忙しいからゆっくり寝たいやろうし。

 

でも、淳太君はそんなタイプじゃなさそう。

俺が起きる前どころか、自分のセットした目覚ましより早く起きたらしい。

 

やからこそ、すっごい俺の心配をしてくれる。

嬉しいけど、それに素直になることができひんくて。

冷たい言葉を放ってしまった。

 

俺、ちゃんと笑えてたかな?

淳太君のこと傷つけてへんかな?

 

後悔ばかりが頭の中をぐるぐる回る。

 

「桐山君、おはよう。頭大丈夫?」

この建物の下は食堂になってる。

もうスタッフさんとも仲良くなった。

 

「あ、おはようございます。大丈夫ですよ!」

「よかった。じゃ、適当に朝ごはん食べといて。」

「はーい。」

 

ここのスタッフさんも俺の経過を確認する。

 

これが俺がここにおるための条件なんはわかってる。

でも、やっぱりどこか苦しくて。

 

そのあと、1人で食べることになるからなおさら考え込んでしまう。

 

先生たちはご飯の時間も不規則で、一緒になることはほとんどない。

淳太君もそうなるはず。

でも、それはみんながちゃんと働いてる証拠でもある。

働いてるから、忙しくて食べる時間がバラバラになる。

 

 

 

俺は?

 

 

 

俺は、逃げてる。

ずっと逃げてる。

 

また今日も、現実という大きな壁から目を背けて。

自分という大事なものから目をそらして。

このままじゃアカンことは分かってるのに。

それでも見ることができひん。

 

俺は、弱いから。

 

「あ、あっくん!おはよう!」

「おはよう。」

 

小児科の子たちと接しているとき。

それは俺が唯一、人の役に立ってると実感できるとき。

 

「あっくん、練習やろ!」

「もう先生回ってきた?」

「うん。もう大丈夫やで!」

 

もうすぐこの病院内でイベントがある。

 

普段は外に出れへん患者さんたちに少しでも明るい気持ちになってもらうために、って数年前から始まった。

 

基本は先生やスタッフの人たちが普段は違う科にいる先生と組んで何かをする。

歌ったり、劇をしたり、漫才をしたり。

 

毎年少しずつクオリティーは上がってて、すっかり患者さんたちの1年で1番の楽しみになった。

 

今年はそんなこのイベントに小児科の子たちとサプライズをしようという作戦。

そんなに難しいことはできひんから、歌を歌うことにした。

 

先生たちはもちろん知らん。

それどころか、これを知ってるのは俺と小児科の子たちだけ。

ホンマのホンマに内緒で進めてる極秘作戦や。

 

「じゃ、いくで?」

 

スマホを準備してそこから音を流す。

あんまり大きい音は出せへんけど、内緒の作戦やからこれで十分。

 

ここに練習しに来る子は毎回違う。

その日の体調に合わせて来るかどうか決めなさい、って言ったから。

やから、来てない子のことがちょっと心配になったりもする。

そういう子のとこにはあとで行ってあげたり。

 

それでもここに来てくれる子たちは少しずつうまくなってる。

指揮を振ってる俺も、だんだん楽しくなってきた。

 

「照史?」

その時、突然後ろから声がした。

 

「うわっ!やばい!」

「見つかっちゃう!」

 

慌ててスマホの音楽を止めて後ろを振り返った。

 

「なんや、淳太君か。」

「なんやってなんやねん。」

 

まあ、よう考えたら淳太君しか俺のこと照史、って呼ぶ人おらんわ。

 

「で、何してたん?」

「ダメ!これは内緒なの!」

 

子ども達が必死に止めてる。

 

「えー、お兄ちゃんにも教えてや?」

「ダメ!」

 

淳太君、子どもにも好かれるタイプなんかな・・・。

秘密を隠してるのが楽しいのもあるんやろうけど、みんなちょっと笑ってるし。

 

「淳太君、口堅い?」

「え?堅い方やと思うけど?」

「よし。みんな、淳太君も仲間や!」

「えー?」

「ええのー?」

「大丈夫。このお兄ちゃんおったらもっと練習しやすくなるから!」

 

淳太君は俺にはわからん先生たちの回診時間把握してるし。

先生が来るか来おへんかはいつもドキドキするから内通者がいた方がいい。

 

っていうのは建前で、俺が淳太君に隠し通せる自信がないっていうのが1番の理由なんやけど。

 

「何の話?」

淳太君にもざっと事情を説明する。

 

「なるほどね。」

淳太君もニヤニヤ。

 

「ええやん。楽しそうで。」

「淳太君も歌う?」

「え?俺?」

「ほら、歌ってや。」

「いや、俺はええわ。時間もあるし。」

 

若干目をそらされる。

 

「じゃ、頑張れ!」

「ばいばーい!」

 

子どもたちに見送られて淳太君は小児科を後にした。

逃げられたな。

ま、ええわ。

せっかく部屋も一緒なんやし。

そこで歌わせたろ!

で、一緒にサプライズ参加させるねん!

 

「よし、続きやろか!」

 

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(淳太Side)

 

「おはよう。」

「おはようございます。今日からよろしくお願いします。」

「じゃあ、まずはぐるっと一周しようか。」

 

院内は一応昨日照史にも案内してもらった。

でも今日は専門的なことを教えてもらいながら回る。

 

ここは何系の病気の患者さんがいるところ、とか。

ここはどういう手術をするときに使う、とか。

やっぱり現場の医師の先生とおらなわからんこともある。

 

「あ、ちょっとごめんね。」

突然案内をしてくれていた先生の電話が鳴った。

 

「少しだけ呼ばれたから、この辺好きに見といてもらえる?」

「あ、はい。わかりました。」

そういうとその先生は小走りで去って行ってしまった。

どうしよかな・・・。

 

「♪~♪~」

 

ん?

歌声?

 

隣の小児科の方から聞こえる。

 

ちらっと覗いてみると、そこには子どもたちを指揮しながら歌う照史がいた。

 

 

声をかけたら必要以上に驚かれた。

どうやらサプライズの準備中らしい。

院内の先生はもちろん、ほかの患者さんにも内緒。

このくらいの子たちには秘密、っていうだけで楽しいんやろな。

そんな秘密を照史が教えてくれたのは俺が先生たちの回診の時間を知ってるから。

 

うん。

サプライズされるほど関わってないし、都合ええもんな、俺。

 

「淳太君も歌う?」

でも、歌うのは勘弁!

とりあえずここのことはバレへんようにしたげるから!

 

「ばいばーい。」

小さい子たちに手を振って見送ってもらう。

後ろで不服そうな顔をする照史は無視。

 

それからしばらくして戻ってきてくれた先生に再び院内を案内してもらった。

 

「ここは・・・」

次々に施設についての説明を受ける。

もちろん、専門的な言葉がほとんど。

きっとすれ違う患者さんたちには何がなんやら、さっぱりわからんと思う。

数年前までの自分も、まったくわかってなかったけど。

 

幼いころに思い描いた、医師という夢。

ここに来た時に、人を助ける叔父がかっこよくて憧れた。

 

テレビアニメのヒーローなんかより、ずっとヒーローやった。

ただ、それだけ。

それだけの理由で憧れた。

 

やがて俺も周りを見て、現実を理解するようになった。

 

医師なんて、無謀や。

遠い夢で、手の届かん夢なんや。

そう思った。

 

でも、やっぱりどっかで幼いからの憧れのヒーロー像が残ってた。

 

俺もああなりたい。

あの時見た叔父のように人を助けたい。

そう思ってあきらめきれへん自分がいた。

やからその遠い夢に近づけるように、いっぱい勉強した。

 

おかげで今、ここにいる。

こうやって、専門用語ばっかりの説明もわかる。

医師という仕事に少しずつやけど、近づけてる。

 

でも、何かが足りひん。

俺にはまだそれを言い表す言葉すらわかってない。

 

この研修期間で俺に必要なこと。

それは足りない何かを探すこと。

それを表す明確な言葉を探すこと。

 

大丈夫。

絶対見つかる。

 

なんでかわからんけど、自信だけはあった。

 

同時に浮かんだのは、人懐っこいあの笑顔やった。

 

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(照史Side)

 

「ただいまー。」

「おかえり。」

「はぁー。」

 

ボフッと音を立ててベッドに倒れ込んだ淳太君。

お疲れモード全開。

まだ初日やのになぁ。

 

「あぁ・・・風呂入らな・・・」

呟いた言葉と行動は正反対。

 

「お疲れ様。」

どんなことをしてたんかなんて、俺には絶対にわからへん。

やから、話を聞くだけでもしたいな、って。

それで淳太君の疲れが少しでもとれてくれたらな。

 

「淳太君、どこの担当になったん?」

「とりあえず一般病棟かなぁ。」

「えー、小児科来てやー。」

「子どもの病気は難しいの多いからいきなりは無理やねんて。」

「そうなん?」

 

小児科は若い先生が少ない。

そうか。

子どもの方が難しい病気が多いからか。

 

「それに小児科は優秀な若手スタッフがおるから手が足りとるんやって。」

「・・・それ、俺?」

「以外に誰がおるん?」

まあ、今おる先生で俺の次に若い先生、俺の1回り上やしなぁ。

 

「照史も医療知識身につけたら立派にスタッフとして働けるで?」

優しい笑顔でこっちを見られる。

でもその口から出た言葉は今の俺には少し耳が痛い。

 

「俺はアホやから無理やわ。」

否定した言葉も淳太君には無意味らしい。

 

「俺はそうは思わんけどなぁ。」

 

その優しい笑顔も、そんなことを言われたら胸を突き刺す刃物のよう。

 

「ほら、淳太君、早よお風呂入ってきいや。」

「そやな。入ってくるわ。」

 

ちょっとでも淳太君の疲れをとれたら、と思ってたのに、これじゃ意味がない。

こんな冷たい言い方して。

さらに疲れさせてるみたいなもんやん。

 

俺、酷いヤツやな・・・。

 

「ごめん、淳太君。」

 

呟いた言葉は、本人には届かない。

 

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(淳太Side)

 

「俺、アホやから無理やわ。」

 

疲れて帰ってきた俺に優しく声をかけてくれた照史。

でも、俺の言葉をきっかけに表情が変わった。

声も、少し冷めた声になる。

 

あぁ、これが照史のコンプレックスみたいなやつかもしれんなぁ、なんて。

 

そりゃ、この仕事に知識は必要や。

でもそれ以上に必要なものもある。

 

小児科の子どもたちと一緒におる照史を見て思った。

こいつはすごい優しいヤツなんや、って。

いや、人にすごい優しくできるヤツなんや、って。

 

子どもたちが「あっくん!あっくん!」って慕ってた。

 

たとえ知識があっても、それはいつでもつけられる。

でも、こういう人望は天性的なもんで、ないヤツはずっとなかったりもする。

そんなヤツ、俺はいくらでも知ってる。

 

そいつらは大体実習で大きく心を折られて帰っていく。

逆に、それをすでに持ってるヤツは実習で大きく自信をつけて帰っていく。

 

照史は絶対に後者のタイプ。

ただ、本人に自信がないだけ。

 

もったいない。

せっかくの生まれつきの才能やのに。

 

あぁ、そうか。

俺に足りひんもんって、それか。

 

こんなに照史のあの笑顔が頭から離れへんのも、自分にはないもんやからかもしれへん。

 

うん。

絶対そう。

このままじゃ俺は前者のタイプになるもん。

 

あの人懐っこさ、どうやったら俺にも身につくんやろ・・・?

 

「淳太君、おやすみ。」

風呂から上がって部屋に戻ると、すぐに寝ようとした照史。

 

「なぁ、照史。」

でもそれはちょっと待って?

 

「ん・・・?」

もう眠そうな声。

 

「歌、楽しみにしてるな。」

でも、これだけは言っとかなアカンな、って。

 

これからもっと忙しくなる。

きっと寝る時間とかもバラバラになる。

そしたら、こうやって話す時間もなくなっちゃう。

 

「たまに聞きに来てや。」

「俺行ったらほかの先生も一緒やで?」

「あぁ、それはアカンなぁ。」

 

眠いんやろなって声。

でも真剣な顔してる。

その姿は子どもみたい。

 

もうさっきの冷たい声は見る影もない。

 

「じゃあ、本番までお預けか。」

「やから楽しみにしてる、って言うてんで?」

「んー、残念。」

「何が?」

「淳太君の歌聞きたかってんけどな。」

「歌わへんって言うたやん。」

「じゃあ、今でええから!」

「やから、歌わんって。」

「えー、聞いてるの、俺だけやで?」

「歌わんもんは歌わん。」

「お願い!」

「ほら、もう寝るで!」

「ちょ、淳太くーん・・・」

 

もう、昼で諦めてくれたと思ってたのに。

 

無理矢理電気を消して会話を終わらした。

まあ、ちょっと笑ってくれてたしええよな?

 

ただ、これは次に同じ時間に寝れるときにまた言われるヤツやな・・・。

俺、そんな歌うまないからなんとしても拒否しやんと。

 

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(照史Side)

 

「あっくん!早よやろー!」

「ちょっと待ってや?」

 

本番まで残りの日も少なくなってきた。

 

みんなそわそわしてる。

子どもにとって秘密、ってそんだけ楽しいもんなんやろうな、って思う。

 

でもそわそわしてるのは子どもたちだけじゃない。

先生たちも休憩時間中はそわそわ。

いつもとちゃうことをせなアカンから緊張してるんやと思う。

毎年のことやし。

でも、少しずつそのクオリティーは上がってて、お互いプレッシャーを与え続けてる感じ。

ベテランの先生ほど休憩時間に頭を悩ませてる。

 

そんな俺にもちょっとドキドキすることがある。

でも、それは本番への緊張感とは少し違うと思う。

 

「あ、淳太せんせー!!」

 

だって、それは淳太君を見たときにだけ感じるから。

 

「どう?うまいこといってる?」

自分が休憩になるとすぐにこっちに来てくれる。

 

「うん。めっちゃええ感じやで?」

嬉しいんやけど、ドキドキする心臓がうるさい。

このドキドキは淳太君に勘繰られたらアカンような気がする。

 

「あとちょっとやもんなぁ。」

やから俺は必死に隠す。

なんてことないよーって風にして。

 

ホンマは淳太君に少しでも早く会いたい。

少しでも長く一緒にいたい。

笑ってる姿が見たい。

1秒後に目の前で笑っててほしい。

 

やのに、ドキドキがそれをさせてくれへん。

邪魔ばっかりする。

 

「ちゃんと見に行ったるな?」

「・・うん。」

おかげで素っ気ない返事になってしまう。

 

淳太君、変に思ってたりしいひんかな・・・?

 

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(淳太Side)

 

もう少しで例のイベントになる。

先生たちも、毎晩いつもとは違う打ち合わせで残ってたりする。

そんだけ盛り上がるイベントなんやろうな。

俺は何もしいひんけど。

 

強いて言えば、照史が小児科の子たちと企んでるサプライズを知ってる。

知ってる、ってだけやけど、医師もスタッフも合わせて俺しか知らん。

それだけで少しテンションの上がる俺はまだ子どもやなぁ、なんて。

 

なんか、俺もサプライズの企画者になった気分。

まあ、毎回照史の誘いを断ってるけど。

 

ただ、1つ気になることがある。

 

「ちゃんと見に行ったるな。」

「・・うん。」

 

最近、照史の返事が素っ気ないことがある。

 

なんか、何かを隠してる、みたいな感じ。

 

もしかしたら体調がよくないんかと思って、いつも以上に注意深く見たりもした。

寝る前とか、朝起きるときとか。

 

でも、特にいつもと変わらへん。

しんどそうなときも、数回の深呼吸でもとに戻る。

日中も特にしんどそうにしてる、なんてことはなさそう。

それどころか、小児科の子どもを率先して企画を進行させてるし。

 

俺が知ってる照史は、ついこないだからの照史だけ。

それより前のことは1つも知らへん。

 

小児科の子どもたちと仲が良くて、先生たちからの信頼もあって、人当たりもいい。 すっごいええヤツ。

 

それだけはわかる。

でも、逆に言えばそれ以外は全然わからへん。

 

照史のことが全部知れたら。

 

そしたら、なんで今こうやって照史が俺に隠し事をしてるように感じるのかもわかるかもしれへん。

 

そう思って、何度か聞こうとした。

 

でも、時々見せる横顔に、俺は何も聞けへんくて。

 

しんどそう、とかそういうのじゃない。

何か、考え事をしてるみたいな顔。

それも深刻そうなこと。

 

言葉で聞きたいけど、なんか違う。

それに、何て話しかけてええのかわからへん。

 

その横顔を見せるときの照史は普段と雰囲気も違う。

 

まるで、俺には見えへん暗い遠くを見てるみたいに。

まるで、1人だけ全く別の場所にいるみたいに。

 

 

「淳太君?」

「ん?」

 

いつやったかな。

ある夜、照史が言った言葉。

 

「淳太君って、何か捨ててでもほしいもん、ある?」

 

なんでそんな質問をしたのかはわからへん。

ホンマに急すぎて。

でも、答えた。

 

「あるよ。」

 

「そっか。」

「照史は?」

「俺もある。」

 

そのまま何が?と続けることはできひんかった。

また、あの横顔を見せたから。

 

「俺な、淳太君来てからわかってん。」

「何が?」

「俺も、ちゃんとしやなアカンな、って。」

「俺、そんなちゃんとしてへんで?」

 

帰ってきたらまず最初に布団にダイブするし。

そこから動き出すまで長いし。 朝も用意に時間かかるし。

ちゃんとしてるとはちょっと遠い気がする。

 

でも、照史のいうちゃんと、は俺のちゃんと、とは違った。

 

「でも、淳太君はちゃんと夢、持ってるもん。」

 

「夢なぁ・・・」

 

確かに、俺にとって医師は夢やった。

でも今は違う。

これは近い現実。

叶えたい、っていうか、もう叶う予定のこと。

want toじゃなくてwillっていう感じ。

 

「俺は、そんなんないから。」

 

それが照史の欲しいもの、なんかな。

 

人間は不思議。

 

照史はこんなにも遠い場所にいるような横顔を見せるくせに、自分では未来という遠い場所が見えてないらしい。

見えてるのは自分の生きてることがちゃんと見える、近い現実だけ。

俺なんか、ついこないだまでその遠い場所しか見えてなかったのに。

 

一体照史には何年後の世界までが見えてるんやろう?

その瞳には今、何が映ってるんやろう?

これまで何を映してきたんやろう?

 

「ごめん、やっぱ今の忘れて?」

 

少し沈んだ空気を変えようとする。

でも、そんなこと言われて忘れられることなんてある?

 

「おやすみ!」

 

俺が返事をする前に照史は布団をかぶって俺に背中を向けてしまった。

そんなすぐに寝てるわけがない。

かといって何を言えばいいのか思いつかんくて、俺も布団をかぶった。

 

なあ、俺が何かを捨ててでも手に入れたいもの、わかる?

 

俺、照史のすべてが知りたい。

照史に出逢うまでを捨ててもいい。

まだ出会ってからそんなに時間もたってないのに、それくらい照史のことが知りたいねん。

 

照史は、俺のことどう思ってる?

 

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(照史Side)

 

「みんな、大丈夫?」

「うん。ばっちりやで!」

「しーっ!おっきい声出したらバレちゃう!」

 

ワイワイにぎやかな雰囲気の今日。

いよいよ本番。

 

何か披露しんとアカン先生たちはオタオタウロウロしてる。

いつもはしっかり者な人が多いだけに、ギャップを見れるのが楽しかったりする。

でもあんまり長いことも見てられへん。

今日はこっちにも準備がある。

 

というわけで始まる前に小児科に集まって最終確認。

 

「いよいよやな。」

「あ、淳太せんせー!」

「みんな、頑張ってや?」

「うん!」

すっかり子どもたちの人気者となった淳太せんせ。

 

「で、照史はどう?」

「とりあえず今はバレてへんことを祈るだけやな。」

「大丈夫やって。先生らのプライベート会話、9割9分今日の自分たちについてやから。」

 

それだけ今日は先生たちにとっても非日常であり、準備が必要であり、大変な日。

でも、それ以上に楽しい日。

 

「うわ、結構埋まってるやん。」

院内で1番広い場所に椅子を置いて簡単な特設ステージが組んである。

でも、すっかり席は患者さんたちで埋まってた。

 

「とりあえずこの辺おろか。」

しゃあなし、後ろの方に立っておくことにした。

 

「隣おってもええ?」

「あ、うん。」

 

俺らがサプライズをするのは最後の先生が終わってから。

司会の人が締めようとしたところに割り込む予定。

それまでは普通に先生たちのステージを楽しめばいい。

やのに、淳太君が隣にいるとあのドキドキが来て。

 

あぁー、もう!

全然集中できひん!

 

「あの先生、めっちゃ歌うまいねんな。」

「うん。」

ホンマはもっとしゃべれるのに。

また素っ気ない返事になる。

当然会話もそこでストップする。

 

それを何度も何度も繰り返す。

そうしてるうちに出番が近づく。

 

「照史、緊張してるん?」

全然会話してへんからか、淳太君に心配される。

「ちょっと。」

素直に違う、とは言えへんくて小さい嘘をついた。

 

ホンマはちゃうけど、今はそういうことにさせてもらってええよな?

 

どうせ、いや、そういうドキドキちゃうねん、なんて言ってもそれを説明する力は俺にない。

 

だって、このドキドキの理由は俺にもよくわかってないから。

 

「大丈夫。あんだけやっててんから上手くいくって!」

ドキドキを緊張やと思ってる淳太君が励ましてくれる。

 

「ありがとう。」

それでまたドキドキする。

でも、それを淳太君に言えるわけがない。

 

「ほら、もうちょいで終わっちゃう。」

司会の人がもう最後の先生たちの紹介を終わらせている。

あと数分もすれば俺らの番。

 

「頑張ってき!」

「うん。」

 

力強い励ましには力強い返事を。

今はただ、成功することだけを考えて。

 

「それでは、これで本日の・・ 「ちょっと待った!!!!」

 

滅多に出さない大きな声を出した。

一瞬フラッとしたけど、大きく深呼吸して耐える。

会場の視線が俺に集まる。

 

「いくで!みんな!」

俺の言葉を合図に子どもたちがステージの方へ移動する。

大人たちは目をぱちくりさせてる。

 

「これから私、桐山と小児科の子どもたちでシークレットステージをお届けします!」

司会の人からマイクを受け取って、ステージでしゃべる。

 

「日々の感謝を込めて歌います。聞いてください。」

ステージに音楽を流す機械と自分のスマホを繋いで音を流す。

 

静かに見守る大人たちのおかげで、歌声は想像以上に会場に響いた。

それが楽しくて、さらに大きな声で歌う。

目の前にいる子どもたちの顔もいつもより笑顔が多い。

今までにないくらい、楽しかった。

 

曲が終わって振り返ると、たくさんの大人が泣いていた。

 

「ありがとうございました!」

「「ありがとうございました!」」

俺の言葉に続いて、子どもたちもお礼を言い、お辞儀をする。

歌声の響き渡っていた会場には、拍手の音が響き渡った。

顔を上げると、多くの人が立って拍手をしてくれていた。

これが、スタンディングオベーション・・・。

 

「ありがとう!」

誰かが大きな声で言った。

それに続いていろんな人からのありがとうが聞こえた。

 

何に対してのありがとうか、と問われたら明確に答えることはできひんけど、なんか嬉しかった。

子どもたちも笑顔やった。

ステージに立つのがこんなに楽しいなんて、想像したこともなかった。

 

「よかったね、あっくん!」

「うん、今までで1番よかったわ。」

 

1人1人としゃべっているといろんな先生から声をかけられた。

 

「桐山君、やってくれるやんか。」

「あんなことしてたなんてなぁ。」

「いつの間に練習してたん?」

サプライズが成功したのも嬉しいけど、みんなが笑顔なんがすごく嬉しかった。

人生で感じたことないくらい幸せやった。

 

でも、声をかけてくれた人の中に淳太君はおらんくて。

 

それが少し、寂しかった。

喋ってたらドキドキするくせに、なんなんやろ、これ。

 

「照史、お疲れ!」

 

やっと淳太君が声をかけてくれたのは部屋に帰ってからやった。

 

「ありがとう。」

「あぁ、やっと言えたわ。あの場所、先生たち多すぎて声かけれんかってん。」

そう言って笑う淳太君を見てさっきまでの不安が消えていく。

 

「めっちゃよかったで?俺、まだ来てそんな経ってへんのに感動したわ。」

 

代わりにドキドキがくる。

面と向かって褒められたら余計に。

 

淳太君のその言葉は、誰の褒め言葉よりも嬉しくて。

ドキドキのせいかな?

 

「照史の歌声もちゃんと聞けたし。」

「え?」

「ん?」

いや、俺はそんなに大きい声では歌ってない。

息をたくさん使いすぎると頭がぼーっとするから。

そうなるのが怖くて、大きい声を出すのを避けてきた。

今日出したのだって、ホンマに久々やのに。

 

「俺の声、聞こえたん?」

「うん。」

「俺、そんな大きい声じゃなかったやろ?」

「でも照史の声、めっちゃ綺麗やし、子どもらより低いし、すぐにわかったで?」

目の前の淳太君は楽しそうに笑う。

俺の声が聞こえる、なんて言ってくれたの、淳太君だけやのに。

 

それが俺のドキドキを加速させた。

 

「俺、照史の歌声好きやわ。」

そんな風に褒めてくれるのも淳太君だけ。

 

どんどんドキドキは加速する。

 

「そや、俺だけになんか歌ってや?」

無邪気な笑顔で頼まれる。

「えー、」

口では嫌がるフリ。

でも、心ではすごい嬉しくて。

 

「アカン?」

「んー、淳太君が歌ってくれたら?」

「あー、それはアカンなぁ。」

「なんで?ええやん!」

「アカン!あんな照史の歌声聞いたら余計にアカンわ!」

「歌ってやー!」

加速したドキドキはやがて違う想いに変わっていった。

 

このままずっと笑っている淳太君の顔が見ていたい、と。

このままずっと2人で笑い合っていたい、と。

 

この気持ちを何て言えばいいのかなんて、やっぱりわからへん。

ただ、俺の心を今までに感じたことないような幸せな気持ちが満たしていった。

 

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(淳太Side)

 

年を重ねるたびに、月日が過ぎるのが早く感じる。

小さいころはもっと1日が長かったのに。

今じゃ、あんなに長いと思ってた研修期間でさえ、こんなに短く感じる。

 

でも、短い中にもいろんなことがあって。

俺の中でもいろんなことが変わった。

 

もちろん、夢から近い将来へと変わりかけていた医師という仕事との距離も変わった。

今じゃもう目の前にあるようなもん。

 

でも、もう1つ。

 

照史のことを知りたいと思ったあの気持ちも変わった。

照史のことが好きなんや、という気持ちに。

 

できるなら、ずっとこのまま照史のそばにいたい。

俺についてきてくれへん?って言いたい。

でも、まだ1人前にもなれてへん俺にそんなことを言う資格はない。

 

目の前にあるその場所に行くだけじゃ足りひん。

そこで、1人前になって歩けるようにならんと。

それにはまだ、時間がかかる。

その間、きっと照史と一緒におっても迷惑をかけることしかできひん。

 

照史にとったら、今のこの環境の整った場所にいるのが1番やと思う。

俺は照史と一緒にいたい。

でも、それ以上に照史に必要以上の負担をかけたくない。

 

「淳太君?」

「ん?どうした?」

「いや、なんかぼーっとしてるなぁ、と思って。」

素っ気なかった態度は少しずつ元に戻ってきた。

やっぱ、あのときは本番前で緊張してたんかな?

それとも別の理由があった、とか?

 

・・・ってのは俺の願望やな。

 

「ここで淳太君と一緒に寝るのも、あとちょっとやね。」

「そうやな。」

そんな、寂しそうな声で言わんといてや。

まだここにいたい気持ちが強くなってまう。

照史と一緒にいたい気持ちが溢れそうになってまう。

 

「俺さ、淳太君がこのタイミングで来てくれてよかった。」

「へ?」

「だって、このタイミングだけやん?研修医で来る人が俺と同世代なのは。」

 

ここはそもそもわざわざ研修に来る人が少ない。

ここには少し重めの病気の患者さんが多いから。

俺がここに来たのだって、叔父がいたから。

じゃなかったらたぶん、ここには来てない。

 

つまり、ここに来るのは何か理由があるか、よっぽどの物好きだけ。

 

「淳太君のおかげで、自分はこのままじゃアカンなって思えてん。」

前にもこんな感じのこと言ってたな。

 

「照史はそんなに今の自分が嫌い?」

「うん・・・。」

何か、後に言葉が続きそうやった。

でも、照史の口からはそれ場何も出てこおへかった。

代わりに、俺が言葉を繋いだ。

 

「俺は、今の照史も好きやで?」

うつむいていた照史が俺の目を見る。

 

「人当たりがよくて、子どもにも好かれてて、ずっと笑顔な照史が。」

 

告白に近い言葉。

照史にはどう伝わったんやろう?

 

面と向かって話すと相手の反応が見れるからいい、なんて誰が言い出したんやろう。

そんなん見ても、どう伝わったかなんてわかるわけがない。

 

「ほら、もう寝るで?」

「あ、うん。」

返事が返ってくるのが怖くて、無理矢理話を終わらせた。

 

そんなん返事なんて来たら俺、どうにかなっちゃいそうやもん。

布団をかぶって、ただひたすら寝よう寝ようと思い続ける。

そういうときほど寝れへんのはなんでや?

 

むしろ俺の中では照史と離れたくないという気持ちがさらに膨らんでる。

これ以上溢れ出えへんようにするのが精一杯。

これ以上伝えてしまったら、この関係はどうなる?

それが怖くて、今はただ、一方的に片想いで終わらせることにした。

 

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(照史Side)

 

どうして、未来、ってのはずっと先やと思ってたときはすぐに来て、 すぐに来てほしいときはなかなかきいひんようになってるんやろう?

 

小さいころ思い描いていたような大人にはなかなかなれへんのに、もうすぐ淳太君はここから出て行ってしまう。

 

ほら、またずっと続いてほしかった時間を終わりにする。

来てほしい夢はその影すら見えへんのに。

 

未来という言葉は、残酷や。

簡単に人の願いを裏切ってしまう。

 

今も、今までも。

 

何度も何度も裏切られた。

自分も、周りにいる人も。

この言葉に、何度も。

 

1番残酷なのは、止まることを知らない、ということ。

ゆっくり時を止めて涙を流したいときもあるのに、それを許してくれへんそういうときほど、時計の針を早く進めていく。

一瞬で過ぎ去るその時間をゆっくりしたいと願うのは、これで何回目なんやろう?

せめて、こうやって君のことを見つめる時間だけでも、その願いを叶えてほしい。

 

「淳太君?」

「ん?どうした?」

そんな想いを込めて話しかける。

 

君と話せば少しでも一瞬で過ぎ去る時計の針を止めれる気がして。

少しでもゆっくりにすることができる気がして。

僅かな望みをかけてみる。

 

「ううん。なんかぼーっとしてるな、って思っただけ。」

でも、それをあのドキドキが邪魔する。

話しかけたいのに、ドキドキがうるさくて。

ドキドキが伝わりそうで。

会話はすぐに止まってしまう。

 

さりげなく。

さりげなーく先生に聞いてみた。

 

「先生、誰かとしゃべっててドキドキするんって、変?」

「どういうこと?」

「例えばな?例えば、他の人と2人で話してても何にもないのに、ある人と話すときだけドキドキするねん。これ、変?」

すると先生はニヤニヤしながら言った。

 

「それは、その人を好きってことちゃう?」

「好き・・・」

確かに、淳太君のことを嫌いなんて思ったことない。

でも、そんなこと言うたら、先生のことも嫌いになったことなんてない。

 

「そう。それは、その人に恋してる、っていうねん。」

 

恋・・・。

 

さすがにその言葉を知らんほどアホじゃない。

でも、それは今まで同世代の人に出会うことの方が少なかった俺にはその言葉の意味はちゃんと理解できてない。

 

ずっとその笑ってる顔を見ていたいと思ったり。

目が合うだけで、しゃべるだけでドキドキしたり。

自分の中では忙しく感情が動くのに、それを相手には伝わってほしくないと思ったり。

矛盾する感情が同時にある不思議な感情。

 

これが、恋。

 

でも、やっぱりそれは淳太君には知られたらアカンような気がして、必死に隠してた。

伝えたいけど、伝えたらどうなるかわからへん。

もっと人間経験が豊富やったら、わかったんかな。

 

もし、今の関係が粉々に壊れてしまったら?

もし、もう2度と今の関係に戻れへんくなったら?

 

そんなん、絶対に嫌や。

絶対に避けたい。

やから、ただ、俺の中に淳太君との時間が刻まれるようにしたかった。

淳太君の中にこの時間が刻まれるようにしたかった。

 

「ここで淳太君と一緒に寝るのも、あとちょっとやね。」

「そやな。」

 

少しでもたくさんしゃべろうと思うけど、出てくるんは淳太君から離れたくないという想いのにじみ出た言葉ばっかり。

このままじゃ、離れんといて、と言ってしまいそう。

 

「俺さ、淳太君がこのタイミングで来てくれてよかった。」

「へ?」

やから、頑張って明るい言葉も伝える。

「だって、このタイミングだけやん?研修医で来る人が俺と同世代なのは。」

 

何年かに1度来る研修医の人。

淳太君の前はいつやっけ?

淳太君が出て行ったら、次に人が来るのは何年後になるんやろう?

 

「淳太君のおかげで、自分はこのままじゃアカンなって思えてん。」

きっともう、同世代の人が目の前で頑張る姿を見ることはない。

これが最後やと思う。

そう思うと、俺も頑張らなアカンと思えた。

 

「照史はそんなに今の自分が嫌い?」

目の合った淳太君から優しく問いかけられる。

「うん・・・。」

でも、俺の答えはその優しさとは正反対。

やから、思わず目線をそらした。

 

ずっと自分の体を言い訳にして逃げてきた自分なんて大嫌いや。

それをわかってて、やのに甘えてる自分はもっと嫌いや。

 

続けたかった言葉は、俺の口から出ることはなかった。

 

「俺は、今の照史も好きやで?」

突如告げられた言葉に思わず顔を上げた。

 

「人当たりがよくて、子どもに好かれてて、ずっと笑顔な照史が。」

淳太君の顔はめっちゃ優しかった。

そんな優しい顔で、声で言われて嬉しくないわけがない。

 

「ほら、もう寝るで?」

「あ、うん。」

淳太君が電気を消して布団をかぶる。

俺も布団にもぐる。

離れてるはずやのに、ドキドキの音が淳太君にまで聞こえるんちゃうか、っていうくらい大きくなる。

 

俺だって、淳太君のこと・・・

 

って言えたらよかったのに。

やっぱり、出てきそうな言葉をそのまま口に出すことはできひんかった。

 

今の俺は、自分の気持ちを伝えることよりも、この関係のままでいたいという想いの方が強かった。

この関係を崩したくなかった。

俺は、そんな臆病者な自分が、

 

大嫌いや。

 

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(淳太Side)

 

「中間君、研修、お疲れさまでした!乾杯!」

 

ついにこの日になった。

俺のために、と開いてくれた送別会。

もちろん、みんなまだ仕事があるからすぐに戻れるように食堂で開いてもらった。

今は当番に当たってない先生たちがいてくれてる。

 

俺を囲んでくれてる先生たちも、長い勤務時間を終えた後やのに、残ってくれて。

ありがたすぎる。

でも、俺が1番いてほしい人の姿はない。

これは俺が先生たちとお別れする場やから、って遠慮したらしい。

 

今頃、部屋におんのかな。

そんな遠慮、いらんのに。

どうせ、この会もそんなに長くはできひん。

中にはこの後から仕事の先生もおる。

やから、全員に挨拶をし終わったらほぼお開き状態。

 

「今日まで、本当にありがとうございました。ここでの経験をしっかり活かせるようにします。」

俺から挨拶をし終えて、しばらくすると食堂に人がほぼおらんくなった。

俺も部屋に戻る。

 

でも、部屋は真っ暗で。

人がいる気配もない。

 

「照史?」

 

案の定返事もない。

どこ行ったんやろ・・・

 

もう小児科は入れへん時間のはず。

食堂からここまでの道も一本道やからすれ違いになることもない。

そもそも基本的に外に出る用事なんてないはず。

 

じゃあ、あと照史が行きそうなところなんて、1つだけしかない。

 

「照史ー?」

 

ここに来た最初の日、楽しそうに案内してくれたこの場所。

少し古い扉を開けば、そこにいた見慣れた後ろ姿が俺の声にびくっと体を震わせた。

 

「部屋おらんからどうしたんかと思ったわ。」

ボロボロのベンチに座る君の隣に腰掛ける。

 

「ごめん。」

小さく笑う。

でも、それは自分の感情を隠そうとしてるようにしか見えへん。

 

「懐かしいな。最初の日、照史が楽しそうにここ連れてきてくれたん、覚えてる?」

「当たり前やん。」

あれから何度かここには来たけど、やっぱりあの日は忘れられへん。

初めて眺めた星のヒカリがあまりにも綺麗すぎたから。

星のヒカリを眺める照史の横顔が綺麗すぎたから。

 

あの日から、いろんなことが変わった。

でも、この2つだけはずっと変わらへん。

ずっと一緒。

俺が歩くこの道を照らし続けてくれてる。

 

「あのさ、」

あんまり長いこと話してても意味がないと思ったから、要件を切り出した。

「これ、受け取ってくれへん?」

「え?」

 

手渡したのは1通の手紙。

部屋に置くのもありやけど、やっぱり直接渡したくて。

「じゃ、もう行くわ。」

 

「あ、」

小さく照史が漏らした声を無視して屋上からの階段を下りた。

目の前で読まれたら、照れ臭いやん。

 

部屋に戻って、自分の荷物を持って出る。

駅まではそんなに距離はない。

ただ、電車がなかなか来いひん。

田舎やもん。

時刻表を確認すれば、もう次の電車が最終電車やった。

 

来た時も思ったけど、本数、すくなっ!

ちょっと肌寒いけど、戻ってる時間はない。

しゃあないから、駅のベンチに座って電車を待つことにした。

 

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(照史Side)

 

無情な未来は、簡単にその時間を進めていく。

 

今日は、淳太君がここから出て行っちゃう日。

寂しすぎてどうにかなりそうやったから、送別会には参加しやんかった。

それに、あれは淳太君が先生たちとお別れする場所やから、邪魔するのも違う。

やから、部屋でじっとしとこうと思った。

でも、部屋で片付けられた淳太君の荷物を見るのも嫌やった。

 

たどり着いたのは、この屋上。

かといって、何もすることはない。

スピーカーをつけても、流れる曲には淳太君との想い出しかない。

何をしても寂しくなるのに変わりはない。

 

あぁ、俺、ホンマに明日から生きていけるんかな。

真剣に考えてしまうくらい、俺の中で淳太君という存在は大きかった。

 

「照史ー?」

突然、後ろから聞こえるはずのない声が聞こえた。

でも、それは幻聴じゃない。

 

「部屋おらんからどうしたんかと思ったわ。」

隣に座ったのは、紛れもなく淳太君。

会いたくて、会いたくて、仕方なかった淳太君。

今、1番会いたくなかった淳太君。

 

「ごめん。」

複雑な心を隠すように笑う。

 

「懐かしいな。」

もちろん、淳太君はそれをわかってると思う。

でも、あえて話をそらしてくれた。

 

「最初の日、照史が楽しそうにここに連れてきてくれたの覚えてる?」

「当たり前やん。」

忘れられるわけがない。

俺の中の、いろんなものを変えてしまった淳太君と初めて会った日のことなんて。

 

星が降ってるみたい、なんて言ったポエマーな部分も。

あの時の笑顔も。

俺はきっと、ずっとずっと忘れへん。

 

「あのさ、」

途切れた会話をもう1度始めるのはいつも淳太君。

「これ、受け取ってくれへん?」

「え?」

でも、それももう終わりやというように渡された1通の手紙。

 

時間が、止まった気がした。

 

「じゃ、もう行くわ。」

その声すら、耳に入らないほどに。

 

気づいた時には淳太君は隣におらんかった。

 

「あ、」

急いで振り返ったけど、淳太君はそのまま屋上から出て行ってしまった。

俺は追いかけようとした。

 

でも、俺の足は動かんかった。

代わりに、急いで手紙の封を開けていた。

 

”照史へ”

綺麗な字やな。

そういえば、淳太君の字なんて、ちゃんと見たことなかったっけ。

 

”ここに来てから、今日という日まで、俺はあっという間に過ぎてしまったと思ってます。

照史はどうかな?”

俺もそう思ってるよ。

 

”ここには、医師になるという自分の夢のために来ました。

でも、それ以外のこともたくさん学びました。

特に照史から。”

俺から?

淳太君は俺よりもずっとずっとよくできるのに。

そんな人が俺から何かを学べるようなこと、したかな・・・?

 

”照史は俺が今まで出会った同世代のやつらの中で、1番優しい心を持ってます。

人から好かれる力を持ってます。

人を幸せにする笑顔を持ってます。

どれも、俺にはないことです。

そして、それは天性のものです。”

えらい褒めてくれてるけど、それは嘘。

俺は知ってる。

淳太君の周りにいる人がいつも笑顔なこと。

淳太君の方が人を幸せにする笑顔を持ってること。

俺はその笑顔を見るのが何よりも幸せやのに。

 

”何度もそんな照史のことがうらやましいと思いました。

俺にもその力があったら、と思いました。”

どれだけ俺のこと、褒めるつもりやねん。

なんか、照れ臭い。

 

”でも、だんだん違う想いを照史に抱いていました。”

違う、想い・・・

 

”俺は、照史のことが好きです。

1人の人として、好きです。”

自然と手に力が入る。

 

”本当は今日が終わっても一緒にいたいです。

でも、俺にはまだ照史を幸せにする力はありません。

辛い思いをさせるなら、一緒に過ごせない方が随分とマシです。

やから少しの間だけ、時間を下さい。

照史を幸せにできるようになったら、もう1度ここに来ます。

やから、サヨナラは言いません。

 

ありがとう。

 

淳太”

 

1つだけ、淳太君の嫌いなところを見つけた。

自分だけ一方的に想いを伝えてしまうところ。

俺の気持ちも知らんくせに。

 

淳太君がこんなに自分の想いを勝手に伝えるんやったら、俺も淳太君に伝えやなアカン。

 

急いで部屋に戻った。

机の上に置きっぱなしになってたものを取って、駅へと走る。

そんなに距離はないはず。

 

それでも、体の中の空気をうまく入れ替えられへん俺の体はすぐに苦しくなる。

でも、ここで立ち止まったらアカン。

今、淳太君に伝えやな。

必死で走った。

 

「淳太君!!!!」

 

駅の改札の少し手前。

大きな声を出す。

きっと無人の駅やから聞こえてるはず。

 

でも、そのとき、目の前がグラッと揺れた。

 

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(淳太Side)

 

電車、全然きいひん。

せめてあったかい待合室でもあったらなぁ・・・

さっきからずっと同じことを考えてる。

すると突然、名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「淳太君!!!」

それだけでわかる。

照史の声や。

 

どうせ無人改札の駅やし、出て、もっかい入ってもバレへん。

急いで改札の外に出た。

そこには息を切らして座り込む照史がいた。

 

「照史?!お前、何してんねん!」

 

病院から走ってきたに違いない。

病院からこの駅までは普通の人でも走れば息切れするような距離。

それを照史が走ったらどうなるか。

それくらい、照史自身が1番わかってるはずやのに。

 

「ごめ、俺、」

「アホ!とりあえず深呼吸しろって。」

大きく息を吸って、吐いてを繰り返させる。

数回それを繰り返すと、照史の体も落ち着いてきたらしい。

 

「大丈夫か?」

「うん。ごめん。」

「びっくりさせんなや。で?どうしたん?」

聞かんくても、なんとなく照史が来た理由は分かる。

 

「淳太君、これ、」

ほら。 やっぱり。

照史が差し出したのは俺がさっき渡した手紙。

 

「もう読んだん?」

「うん。」

じゃあ、俺の告白も、読んだんやな。

 

「ごめんな。迷惑やったよな?」

「ちゃう!俺は、言い逃げせんといてって言いに来てん。」

「言い逃げ?」

「俺も・・・俺も淳太君のことが好きや。」

涙目になりながらこっちをじっと見つめる。

 

「やのに、淳太君だけ俺に伝えて。俺には何も伝えさせてくれへんとか、ずるいやん。そんなん、言い逃げもええとこや!」

「嘘・・・」

「嘘なんか言わへん!俺も、淳太君が好きやの!」

 

放たれた言葉はにわかに信じがたい言葉で。

でも、嬉しくて。

夢みたいで。

何も言葉が出てこおへんくなった。

 

「でも、淳太君が思ってる以上に、俺は淳太君にいろいろ迷惑かけちゃうから。」

急に寂しそうな顔をする。

 

「そんなことない。俺は照史が隣におってくれるだけで十分嬉しいねんで?」

「でも、」

「ええの。今ので安心した。照史も俺と同じってわかって。」

照史も俺のことを想ってくれてた。

もう、それだけで十分。

それ以上なんてない。

 

「淳太君、」

 

遠くで踏切の鳴る音がした。

もうすぐ、電車が来る。

 

「じゃ、もうホンマに行かんとアカンから。」

やから、立ち上がろうとした。

でも、その手を引かれて、照史にぎゅっと抱きしめられた。

 

「照史?」

「俺、ちゃんと淳太君が迎えに来てくれた時に役に立ちたい。」

顔は見えんけど、いつもと違う声やった。

何か、力強いものを感じさせるような、そんな声。

 

「ホンマは、俺から淳太君のとこに驚かせに行きたかったけど、淳太君があんなこと言うから俺も先に言う。」

そう言うと腕を離して地面に置いていた何かを取り出した。

 

「教科書・・・?」

「俺、もっかいちゃんと勉強する。淳太君の隣で、淳太君と一緒に仕事ができるようになる。」

教科書を掴む手に力が入った。

 

「俺も、淳太君みたいに、夢、追いかけてみる。」

 

その教科書は、高校生用のものやけど、照史ならホンマにその夢を実現してしまう気がした。

 

それが夢である期間はきっとそんなにない。

すぐに現実になるに決まってる。

照史やもん。

照史には天性のもんがある。

絶対大丈夫。

 

電車のライトが線路を照らした。

 

「じゃ、今度迎えに来るとき、楽しみにしとくな?」

「びっくりさせたるわ。」

照史が笑った。

その笑顔は、もう俺のもの。

絶対になくしたりなんかしいひん。

約束する。

 

だから、どうか。

 

「じゃあな。」

 

どうか、俺の夢が現実になっていますように。

 

俺の隣で、照史が笑っていますように。

 

 

Fin